【人材定着は難しい】給与や福利厚生より重要なもの。退職を防ぐ「コミュニケーション」というメイン食材

組織づくり・人材定着・労務管理

【人材定着は難しい】給与や福利厚生より重要なもの
退職を防ぐ「コミュニケーション」というメイン食材

給料も上げたし、休みも増やしたのに、なぜ若手や中堅が次々と辞めていくのか……

人手不足が深刻化する現在、多くの経営者や人事担当者がこの悩みを抱えています。各種の転職調査データを見ると、退職の「建前」の理由として給与への不満が上位に挙がることは事実です。しかし、さらに深掘りした「本音の退職理由」を探ると、そこには「職場の人間関係」や「上司とのコミュニケーション不全」という根深い問題が常に隠れています。

筆者は人材定着のための施策を「料理」に例えています。

給与や福利厚生、最新のオフィス環境、在宅勤務の有無といった制度は、料理の味を引き立てる「調味料」です。一方で、日々の業務におけるコミュニケーションや信頼関係こそが、料理のベースとなる「メインの食材」なのです。

本記事では、実際のアンケート調査データに基づき、なぜ給与などの「調味料」だけでは退職を食い止められないのか、そしてハラスメントが懸念される現代の複雑な職場において、真に求められる「コミュニケーション(メイン食材)」のあり方について解説します。

1. 【データ】退職の「建前」と「本音」に潜む圧倒的なギャップ

「なぜ、あの優秀な社員が辞めてしまったのか?」
退職面談で尋ねると、多くの場合「新しいキャリア(職種)に挑戦したいから」「家庭の事情(一身上の都合)」といった無難な理由が語られます。

しかし、エン・ジャパン株式会社が行った調査によると、会社に伝えた退職理由が「本当の理由とは異なる(嘘や建前を伝えた)」と回答した人は約半数の44%にのぼりました。つまり、2人に1人は本当の理由を隠して辞めているのです。

Q. 退職の報告をする際に「本当の理由」を伝えましたか?

伝えなかった(タテマエ) 44%
伝えた(本音) 56%

出典:エン・ジャパン株式会社 調査データより作成

では、会社には言えなかった「本当の退職理由(本音)」の上位には何が来るのでしょうか?同調査等によるランキング傾向は以下の通りです。

順位 【会社に伝えた】タテマエの理由 【誰にも言えなかった】本音の理由
1位 新しい職種・業界にチャレンジしたい 職場の人間関係が悪い
2位 結婚、家庭の事情 給与が低い
3位 体調を壊した・その他 社風や風土が合わない

会社に伝える理由は「新しいことへの挑戦」など、企業側が引き留めにくく波風が立たない前向きな内容がトップになりますが、本音の第1位は圧倒的に「人間関係(コミュニケーション不全など)」なのです。「上司が話を聴いてくれない」「高圧的な態度をとられる」「チーム内の空気がギスギスしている」といった日々のコミュニケーションの蓄積が、最終的な離職の引き金となっています。もちろん、コミュニケーションが良好であっても、キャリアに対する考え方の違いなどで辞める人は必ずいますが、ベースの人間関係が良好な職場の離職率は総じて低い傾向にあります。

2. 【料理の例え】待遇は「調味料」、コミュニケーションは「メイン食材」

企業が人材を定着させるために行う様々な施策を、「料理」に例えて考えてみましょう。

要素 企業における具体的な内容
🥩 メイン食材 (肉・魚・野菜)
= コミュニケーション
上司からの適切なフィードバック、同僚との信頼関係、自分の意見が言える心理的安全性、日々の何気ない会話や挨拶など。
組織の基盤であり、素材自体が新鮮で良質でなければ、料理として絶対に成立しません。
🧂 調味料 (塩・スパイス・ソース)
= 給与・福利厚生・制度
高い給与、充実した福利厚生、リモートワーク(在宅勤務)の有無、フレックスタイム制、最新のオフィス環境など。
料理をより美味しく、魅力的にするためのものであり、強力なスパイスとして人を惹きつけます。

もちろん、調味料(待遇)は非常に重要です。いくら素材(人間関係)が良くても、味が全くしない(給与が安すぎる)料理であれば、人は離れていきます。物価高の現代において、一定水準の給与を確保することは最低条件です。

しかし、調味料(待遇)が多少平均的であったとしても、メイン食材(人間関係・コミュニケーション)が極めて良質であれば、その料理(組織)の完成度としては大きな影響はなく、人はそう簡単には辞めません。
逆に、「メイン食材が腐っている(コミュニケーションが最悪で人間関係が破綻している)」状態に、いくら高級なスパイス(高い給与や在宅勤務)をふりかけても、その料理が美味しくなることは絶対にないのです。他社がより良いスパイスを提示すれば、一瞬で転職されてしまいます。

3. 離職率は低くても「中堅社員」が育たない・定着しない組織の末路

「うちは社員全体で見れば離職率は高くないから、コミュニケーションは上手くいっているはずだ」と安心している経営者様もいらっしゃるかもしれません。しかし、全体の数字だけを見ていると、思わぬ落とし穴に気づけません。

ALL DIFFERENT株式会社等の調査データでも指摘されている通り、企業にとって最も深刻なダメージとなるのは、新卒から数年〜10年程度活躍した「中堅社員(30代〜40代)」の離職と定着不良です。

【負の連鎖①】現場管理職のバーンアウト(疲弊)

中堅層が定着しない組織では、若手の指導や現場の細かいトラブル対応といった「本来中堅が担うべき業務」が、すべてその上の現場管理職(マネージャー層)に重くのしかかります。プレイングマネージャー化が進み、管理職自身がキャパシティオーバーを起こして疲弊(バーンアウト)してしまうリスクが高まります。

【負の連鎖②】若手社員の「未来への絶望」と早期離職

人は身近なロールモデルを見て育ちます。若手社員にとって最も身近な先輩である「中堅社員」がいない、あるいは疲弊している職場を見ると、若手は「この会社で数年働いても、あんな風に疲弊するだけなのか」「成長できる未来が見えない」と敏感に察知し、見切りをつけて早期離職してしまいます。中堅がいないことは、若手の定着率にも直結するのです。

中堅社員が離職する背景には、仕事内容そのものへの不満よりも、「上司との相性が悪い」「若手とうまくコミュニケーションが取れない」「自分の成長を実感できる対話がない」といった人間関係のストレスが大きなウェイトを占めています。

4. 「コミュニケーション」の解釈のズレが悲劇を生む

「なるほど、コミュニケーションが大切なのは分かった。うちの職場は飲み会も多いし、よく話しかけているから大丈夫だ」
そう思われる経営者様も多いかもしれません。しかし、ここに大きな落とし穴があります。「コミュニケーション」という言葉は非常に抽象的であり、安易にその言葉を使うと人によって解釈がバラバラになってしまうのです。

上司が「良かれと思って」やっていること 部下(現代の若手・中堅)が本当に求めていること
「休日の過ごし方を聞いて距離を縮める」
「飲み会に頻繁に誘う」
「プライベートには過度に干渉せず、業務時間内の円滑な情報共有やフィードバックをしてほしい」
「(自分の経験に基づいて)熱く語ってあげる」「とにかくたくさん話しかける」 「自分の話を否定せずに最後まで『聴いて』ほしい」「業務の目的や自身のキャリアプランについて論理的に説明・対話してほしい」

この解釈のズレを放置したまま、上司が良かれと思って「昭和・平成型」のコミュニケーション(飲みニケーションや過度な干渉)を押し付けると、部下にとってはそれが苦痛となり、結果的に「人間関係の悪化」を理由に退職されてしまうという悲劇が起こります。

5. 【データ】管理職の8割が悩む!ハラスメント時代の指導の難しさ

さらに、現代のマネジメントにおけるコミュニケーションを極端に難しくしているのが、近年大流行している「ハラスメント(〇〇ハラ)」という概念です。

ダイヤモンド・コンサルティングオフィス合同会社が実施した「ハラスメントに関する実態調査」において、非常に興味深い(そして深刻な)データが示されています。

Q. ハラスメントのトラブル回避のため、部下への発言や指導を躊躇したことがありますか?

躊躇したことがある 83.3%
ない 16.7%

出典:ダイヤモンド・コンサルティングオフィス合同会社 調査データより作成

このデータが示す通り、8割以上の管理職や先輩社員が「少しでも厳しく注意したらパワハラと言われるのではないか」「腫れ物に触るように接するしかない」と萎縮してしまっているのが現代の職場のリアルです。
人格を否定するような暴言や、業務の適正な範囲を超えた「真のパワハラ」は問題外であり絶対に許されるものではありませんが、モラハラ、リモハラ、さらには正当な指導に対して「それはハラスメントだ」と主張するハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)に至るまで、無数の「〇〇ハラ」が溢れており、部下への指導が極めて難しくなっています。

しかし、ハラスメントを恐れて「指導を放棄すること」は、部下の成長の機会を奪うこと(=キャリアの停滞)に直結します。「怒られないけれど、誰も仕事を教えてくれない、成長できない職場」は、優秀な若手や中堅にとって最も見切りをつけやすい環境となってしまいます。このバランスを取る難しさが、現代の「コミュニケーション」の最も厄介な点です。

6. まとめ:誰にでも分け隔てなく接する姿勢が土台となる

ハラスメントを恐れてコミュニケーションを避けるのも、時代錯誤なコミュニケーションを押し付けるのも、どちらも人材定着の観点からは不正解です。

では、複雑化する現代において、どのようなコミュニケーションが正解なのでしょうか。その根底にあるのは、非常にシンプルですが「誰に対しても、分け隔てなく接する」という姿勢です。具体的には以下のような行動が求められます。

  • 年齢や役職に関わらず「さん付け」で呼ぶ: 相手を尊重し、不要な上下関係のプレッシャーを取り除くフラットな関係性の第一歩です。
  • 相手の話を途中で遮らない: 「それは違う」「でもね」と評価や否定を挟まず、まずは最後まで相手の言い分を「聴く」姿勢を持ちます。
  • 言うべきことは、感情論ではなく「事実ベース」で明確に伝える: 腫れ物扱いして指導を放棄するのではなく、人格を否定せずに「〇〇という行動(事実)は、〇〇という理由で改善が必要だ」と論理的に指導を行います。

給与や制度といった「調味料」の見直しも大切ですが、まずは自社の「メイン食材」である日常のコミュニケーションが腐っていないか、中堅社員が疲弊していないかを見直すことが、人材流出を食い止めるための最も確実な第一歩となります。